相続・遺言

尊厳死宣言の誕生ものがたり

この記事を書いたのは:高橋 寛

春日井市や小牧市及びその周辺の市町でも小学校の生徒数が減少し、超高齢者社会を迎えています。この現象は、わが国全般の傾向です。

 このような傾向を踏まえて、厚生労働省は平成19年に「終末期医療の決定プロセスに関する指針」を発表し、初めて尊厳死のガイドラインを策定して、平成30年に改訂しました。

1 尊厳死宣言が必要なのはなぜでしょうか。

(1) 不治の病にかかり意識は回復せず、親族や友人が見舞いに来ても誰が来たのか識別できないうえ、意思疎通がまったくできない、いわゆる植物人間の状態が続く患者本人には、生存している感覚そのものが無い場合があります。

 自分が将来そのような状態になった場合に備えて、心身ともに健全な今のうちに、その対策を立てておきたいという願望を、形あるものとして保全するために考え出されたのが、尊厳死宣言です。

 

(2) 尊厳死は、患者・家族の要請を受けた医療関係者が、これ以上の延命措置を回避したり、延命措置の作動を停止させて、患者の自然死にまかせることです。

 生命を積極的に短縮させる安楽死とは全く違います。厚労省も安楽死をガイドラインの対象とはしないことを明らかにしています。

2 尊厳死宣言は、どのような効果があるのでしょうか。

(1) 尊厳死宣言には、現行法令の根拠がありません。平成24年に超党派の国会議員連盟は「尊厳死法案」を提示しましたが、賛否両論が喧伝され、未だに法制化されていません。

 しかし、「自分が植物人間の状態になって回復の見込みが無いのに、機械装置によって生かされて続けているのは嫌だ。見舞に来た者が誰かも分からないのでは、生き恥を晒すだけであるし、若い世代に高額な医療費負担のツケを回すだけだから、そんな状態を止めてもらいたい。」と考える人を、一概には非難できません。

 このように人道的動機からの真剣な願望は、保護するに値する人権のひとつです。

(2) 静かに広まりつつある尊厳死宣言は、医療関係者もこれを尊重し、ガイドラインに沿った形で尊厳死が運用されています。

 医療関係者が尊厳死宣言を尊重して執った措置に対し、これが嘱託殺人として起訴されるとか、民事の損害賠償請求事件として提訴される事例が少聞にして見当たらないことからすると、宣言者の真摯な願望を尊重し、宣言者の魂を逆なでするような事態を招かないように配慮されているものと思われます。

(3) しかし、尊厳死宣言の扱いは超法規的な運用ですから、宣言さえあれば宣言者の願望が必ず実現されるという保証はありません。

3 尊厳死宣言の限界を乗り越えるには、どうすればいいでしょうか。

(1) 尊厳死宣言によって宣言者の願望が実現されるためには、国民の世論として広く認知されるレベルにまで宣言数を積み重ねていく必要があります。

 それとともに、尊厳死宣言書を作成する現場で、その宣言が次の要件を厳格に保全する措置が執られていることが大切です。

① 宣言者の真摯な意思の表明であること。

② 近親者等の同意を得て作成するものであること。

(2) そのためには、高度な専門知識を有する弁護士又は公証人の面前で宣言し、厳格な保全措置を講じておくことが必要です。参考までに、尊厳死宣言書の例文を示しておきます。

                尊厳死宣言書

第1条 私こと旭日花子は、心身ともに健全な状態で、弁護士0000の面前でこの宣言をいたします。

第2条 私がこの宣言をするに際しては、私の夫・旭日幸太郎(昭和〇〇年○月〇〇日生)、私の長男・旭日幸雄(平成〇年○○月〇日生)、同人の妻・旭日菊枝(平成〇年○○月〇日生)、私の長女旭山敬子(平成○○年〇月○○日生)、同女の夫・旭山浩二(平成○○年〇月〇日生)も、この宣言書に添付のとおり全員が同意しています。

第3条 将来、私が不治の疾病にかかって意識が戻らず、二人以上の医師が「その時点での最新医術をもってしても回復の見込みが無い。」と判断した場合は、単に延命のためのみの医療行為はしないでください。心肺機能を持続させる目的のみの医療装置は使用しないでください。もし使用していたときは、その装置を直ちに停止させてください。ただし、痛み・苦痛を和らげるためにモルヒネ等の緩和薬剤を使用することは拒みません。

第4条 この宣言に基づいて医療関係者が執った措置については、私の真摯な願いに基づく人道的行為ですから、警察・検察・司法関係機関におかれては、その医療関係者に対して刑事・民事を問わず、責任追及の対象としないでください。私の魂を安らかに保てるように格別のご配慮をお願いいたします。

第5条 この宣言書は、私の心身が健全なときに作成する書面ですから、今後、私が心身ともに健全なときに取消し又は変更しない限り、記載内容をみだりに変えることはできないこととしておきます。

<添付書類>

1 旭日幸太郎作成の同意書

2 旭日幸雄作成の同意書

3 旭日菊枝作成の同意書

4 旭山敬子作成の同意書

5 旭山浩二作成の同意書

令和〇年○○月〇日

     宣言者 住  所

         氏  名                     印

         生年月日

     立会人 弁護士                      印

      同  弁護士                      印

4 尊厳死宣言書の保管と使用方法

(1) 貴重な尊厳死宣言書が実際に役立つのは何年か何十年か先です。その間、宣言書を安全に保管しておかないと、イザというときに役立ちません。

 そのためには、宣言者の生活環境にふさわしい保管方法を打ち合わせておくことが大切です。

 実際に尊厳死宣言書を使うときは、ほとんどの場合宣言者本人は入院中ですから、近親者によって宣言書が持ち出されて医療関係者に提示されることが予想されます。したがって、尊厳死宣言書の作成に同意してくれた近親者等には、宣言書の保管方法を知っておいてもらう必要があります。

(2) 宣言書の保管を安全・確実にしておく最良の方法は、公正証書にしておくことです。宣言書の作成時に交付された尊厳死宣言書の正本や謄本が見当たらなくなっても、公証役場には宣言書の原本が保管されていますから、宣言者の利害関係人として近親者が申請すれば、その謄本を交付してもらえます。

(3)尊厳死宣言書の使用方法は、宣言者が植物人間に陥ったときか、その直前のタイミングで、主治医に宣言書を提示し、宣言者及び近親者一同の真意を伝えて、宣言者の願望を遂げるための医療措置を依頼します。

(4) そのとき、医療関係者から宣言書の交付を求められる場合があります。そのようなときは、コピーをとってもらうなどして、本物は返してもらい手元に残して保管します。

5 尊厳死宣言は、弁護士の面前での宣言、公正証書による宣言のいずれの場合でも、「迅速・的確・ていねい」をモットーにスタッフが揃っている旭合同法律事務所にご相談ください。

    


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高橋 寛