相続・遺言

自筆証書遺言の有効と無効について判断が分からないときの考え方を教えます

この記事を書いたのは:木下 敏秀

1 自筆証書遺言の形式には法律上の規定があります

 民法968条1項は「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない」と規定しています。

 法律的には要式行為であり、その書面に遺言らしい内容が記述されていても、民法968条に違反する場合には、遺言が無効になります。

2 「氏名」のうち「氏」が記載されていない場合は有効でしょうか。

【大審院大正4年7月3日】

 大変古い裁判例ですが「をや治郎兵衛」の裁判例があります。吉川治郎兵衛が氏である「吉川」を記載せず、「をや治郎兵衛」(親の治郎兵衛の意味)とだけ記載した事例になります。

 この裁判例では、「氏」が記述されていなくても遺言書として有効と判断しています。

3 戸籍と違う通称を記載した場合は有効でしょうか。

  【大阪高裁昭和60年12月11日】

 戸籍上の氏名が「正雄」であるが、遺言書には「政雄」と記載されている事例において、裁判所は、遺言者が自己の氏名の表示として「政雄」を使用したことがあったこと等から「政雄」の記載は遺言者の氏名の表示として十分であるとして遺言書を有効と判断しています。

4 押印ではなく、拇印・指印をした場合は有効でしょうか。

 過去の裁判例では拇印・指印についての裁判所の有効・無効の判断が分かれていました。

 (有効判断の裁判例)

 【東京地裁昭和62年2月9日】

 【名古屋地裁昭和62年7月20日】

 【新潟地裁長岡支部昭和61年7月17日】

 (無効判断の裁判例)

 【名古屋高裁昭和63年4月28日】

 【東京高裁昭和62年5月27日】

 (最高裁は有効判断)

 しかし、最高裁判決では、「押印について指印をもって足りると解したとしても、遺言者が遺言の全文、日付、氏名を自書する自筆証書遺言において遺言者の真意の確保に欠けるとはいえないし、いわゆる実印による押印が要件とされていない文書については、通常、文書作成者の指印があれば印章による押印があるのと同様の意義を認めている我が国の慣行ないし法意識に照らすと、文書の完成を担保する機能において欠けるところがない」等として有効と判断しています(最高裁平成元年2月16日)。

5 日付を「正月」と記載した場合は有効でしょうか。

  【東京地裁平成30年1月17日】

 裁判所は「正月という語は、『一年の一番目の月。いちがつ。むつき。また、松の内をいう。』などと定義されており(略)、時間幅のある概念として用いられるのが一般的であるから、上記のような記載によって暦上の特定の日が表示されたものとはいえず、本件遺言書は、証書上日付の記載を欠くものとして無効である」と判断しています。

6 日付の記載と遺言書の本当の作成日が違う場合は有効でしょうか。

 最近の裁判例では、無効判断とした裁判例が多いです。

 【東京地裁平成27年3月31日】

 この裁判例では、平成9年5月23日に完成した遺言書に「平成19年5月23日」という不実の記載を行ったとして無効と判断しています。

 【東京地裁平成26年11月25日】

 この裁判例では、平成23年1月11日に遺言書を作成しているのに、あえて夫の命日であるとの理由で平成23年1月7日を遺言書の作成日として記載している事案であり、裁判所は「日付の要件を満たさず無効である」と判断しています。

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この記事を書いたのは:
木下 敏秀